『原状回復トラブルの解決事例~契約違反への対応』

退去時の原状回復・敷金精算は、ルールの明確化も定着し、スムーズに進むようになりました。それでも、予想もできないようなトラブル事例は皆無とはなりません。どうすれば原状回復トラブルが予防できるのか、考えてみましょう。


女性の一人住まいのはずなのに、見知らぬ男が部屋にいた!

「コラァ!そんなもの払えるわけがないじゃねぇか!」
と、凄む若い男。大家さん達の前にいきなり詰め寄って来ました。
場所はアパートの一室。入居者が退去するにあたって、原状回復費用を査定するために、大家さんと不動産会社の担当者の二人が、そこを訪れていたときのことです。契約上の入居者は女性でした。契約人数は一人です。ところが、いつの間にか男が一緒に暮らし始めていたらしく、搬出された家財を見るとそれらは明らかに二人分でした。
部屋はひどいありさまでした。壁、天井、床、キッチンなどに、通常のハウスクリーニングでは落ちそうにないタバコのヤニや油汚れが付着し、壁には大きな引っかき傷、そして床には大きなへこみがいくつも散見されました。おそらく預かり敷金では賄えない状態でした。
部屋の状態をチェックしている不動産会社の担当者に向かって、「テメェ!なにやってるんだよ!?」、担当者が「原状回復費用の分担を査定するのに見させていただいてるのですが……」と説明すると、男は突然声を荒げ、「何を言っているんだ! 敷金は全額返せ!」と殴りかからんばかりの勢い。大家さん達は、一旦その場から逃げ出さざるをえませんでした。
この件で相談を受けた私は、『入居者の数などを偽った契約違反と、部屋を汚損・毀損させたことへの賠償責任』と併せて、『恐喝まがいの言動をする人物を立会いさせた入居者に対する警告』の内容証明郵便を、大家さんから送付していただくようにアドバイスしました。

内容証明郵便が送られると、これを受けた女性入居者は男と揉めたのかわかりませんが、男を遠ざけ、すぐに和解する方向となりました。その後は大家さんが「敷金の範囲で調整して我慢しましょう」と寛大なプランを提示してくださったこともあり、一件落着となりました。

こっそりネコを飼っていた!

「ニャー」と、ドアの向こうからかわいい鳴き声がするのです。不動産会社の担当者が、前月分の賃料が滞納となったあるマンションの一室を訪問したときのことです。ドアには鍵がかかったまま。インターホンを押しても応答は無く、一人暮らしの入居者は留守の様子です。

そこに「ニャー」と鳴き声が……。
ドアの郵便受けのフタを指で押し開け中を覗いてみると、ネコが一匹つぶらな瞳でこちらを見つめていたそうです。ペットの飼育は禁止のはずでした。その後、入居者と大家さん、そして不動産会社の担当者の三人で話し合い、「今さら捨てられてはネコがかわいそう。飼育は容認。その代わり敷金15万円の返還はナシ」、その上で、「入居者は原状回復費用の追加分として10万円を退去時に支払うこと」との約束を交わしたのでした。
しばらくして入居者は退去しました。約束どおり、敷金の返還請求はせず10万円も支払っていきました。しかし、部屋の状況は散々でした。入居者が仕事へ出る日中、置き去りにされていたネコは寂しかったのか毎日大暴れしていたらしく、床と壁のあちこちが引っかき傷だらけ。とても「敷金15万+追加の10万円」では原状回復できない状態となっていました。

「リフォームのきっかけ」と前向きに考え、部屋の価値を高める

「残念ながら、今回の原状回復費用は、敷金分(ネコの事例ではプラス10万円)を大きく上回ってしまいます。しかしこれを、『リフォームを決断する良いきっかけをもらった』と前向きにとらえて、お部屋の価値を上げることにしてみてはいかがでしょう。」と、ふたりの大家さんへアドバイスさせていただきました。

これに対し、どちらの大家さんも「実はそろそろリフォームをと考えていたところでした」、とご納得。さっそく工事となり、お部屋はすっかり綺麗になって設備もリニューアルされました。
そのため、次の入居者がすぐに決まり、しかも賃料を上げるのにも成功しました。二人の大家さんの前向きな姿勢が、災いの到来を、よい機会へと変えたのでした。

原状回復トラブルの予防はできないのか

賃貸住宅経営のリスクとしてつねにつきまとう「原状回復」。この言葉について、国土交通省のガイドラインは、このように定義しています。

賃借人の居住、使用により発生した建物価値の減少のうち、賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、その他通常の使用を超えるような使用による損耗・毀損を復旧すること

ここに述べられているような事実があれば、基本として回復のための負担は入居者が負うべきであり、単なる経年変化・通常の使用に基づく損耗であれば、原則それはすでに賃料によって入居者は負担をし終えているというものです。しかし、どのように定義しても実際のケースは千差万別です。多様な事情を抱えつつ、主観と主観、言い分と言い分とがぶつかりあって、トラブルの発生は絶えません。では、先ほどのようなあまりにひどい住居の汚損、毀損などによる原状回復トラブルは、予防ができないものなのでしょうか。そもそも、こうした原状回復トラブルが起こらないようにするには、どうしたらいいのでしょうか。

■入居審査を厳格に行なう。
■ 国土交通省のガイドライン(首都圏では東京ルール)などを入居者にしっかり丁寧に説明し、理解した旨を書き記した書面にサインをいただく。
■入居前に、部屋の中の傷や汚れをチェックしてもらい、それを書き記した紙にサインをいただく。レンタカーを借りる前の手続きと同じです。
■上記をしっかりとやってくれる管理会社に管理を委託する。
……などの対策が考えられます。しかしながら、入居者がどんな暮らし方をするのか、予想するのは本当に難しいものです。

トラブルが発生しても解決を先延ばしにせず、新たな入居者確保に目を向けることが健全経営への道につながります。

参考1:国土交通省「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン」(再改訂版)

https://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk3_000021.html

参考2:東京都住宅政策本部「賃貸住宅トラブル防止ガイドライン」

https://www.juutakuseisaku.metro.tokyo.lg.jp/juutaku_seisaku/tintai/310-4-jyuutaku.htm

東京共同住宅協会では、賃貸経営・賃貸管理・入居者トラブルでのお悩みやお困りなどのご相談も承っておりますので、お気軽にご相談ください。